十年、そして


 あの日は、金曜日でした。今もはっきり覚えています。


 あの日の午後は、南青山の音楽教室でレッスンをしていました。ちょうど生徒さんの入れ替えの時間で、換気をしようとストーブの電源を切って、窓を開けたところで、揺れが始まりました。


 その少し前に、ニュージーランドでのひどい地震があったばかりだったので、皆で声を掛け合って、外に出ました。同じように外に避難してきた人たちが、揺れるビルや、トランポリンに乗っているようにバウンドする車を、ただ見つめていました。近くの美容室から出てきたシャンプーの途中だった人が、タオルを頭に巻いて、心細そうにしていた様子を、今でも思い出します。


 レッスン室に戻ると、ストーブが倒れていました。もしも、電源をつけたままだったら……と思うと、ぞっとしました。生徒さんの勧めもあり、水や食料を確保するためにコンビニに向かうと、近くのビルでは水道管が破裂して、噴水のように水が四方八方に飛び散っていました。


 その後、レッスン予定だった生徒さん皆様の安否確認をして、以降のレッスンは中止としました。水と食料を確保して、ここに残るのが一番ではないかとも思いましたが、同僚の方がお子さんが心配なので帰ると言い、同じ方向だった私も付いていくことにしました。


 途中、家族とも安否確認をして、お互いにそれぞれの場所で過ごすことを約束しあいました。「川は渡らないで!」と母からも友人からも言われて、なんでだろう……と思いながらも、途中に避難場所があったらそこで夜を明かすことを約束しました。


 家に帰るという同僚の方と途中で分かれ、避難場所として開放されていた明治大学のホールで、柔らかい席に腰を下ろすことが出来た時には、安堵のため息が漏れました。早い段階で、水や食料を買っておいたので、それをちびちび食べたり飲んだりしながら、時間を過ごしました。次の日は、柏で結婚式の聖歌隊のお仕事が入っていたので、電車は動くだろうかと、ぼんやりした頭で考えました。ホールのプロジェクターから映し出されるNHKの画面では、様々な方々の名前が繰り返し報じられていました。


 椅子に腰掛けながらうとうとと眠り、ふと目が覚めると、空からの映像が流れていました。水面に朝日が輝いています。こんな景色見たことないな…と思って、はっと気付きました。


──これは、津波のあとだ。


 身震いしました。こんなにも、一日で全てが変わってしまうなんて。自分は今、とんでもない場面に居合わせているのかもしれない、そう思って震えました。「川は渡らないで」と電話口で告げてくれた、母や友人の声が蘇りました。そういうことだったんだ。


 会社に確認したところ、柏での結婚式は開催されるとのことだったので、なんとかして向かわなければと思い、辿り着きました。どういうルートを辿ったかは、よく覚えていません。おそらく、御茶ノ水から上野まで歩いて、そこから京成線に乗ったのだと思います。そういえば、JR上野駅の広場が、人で溢れていたことを、いま思い出しました。そう、あの時、JRは動きませんでした。


 柏の結婚式場に着いて、馴染み深い皆様と顔を合わせた時には、緊張がほどけていくのを感じました。聖歌隊のガウンに着替えて、乱れた髪を整えて、眉毛だけ描いて、備え付けの楽譜を持って、式場に上がりました。本来は黒ストッキング・黒パンプスでなくてはなりませんでしたが、前日から履いたままの黒靴下・黒フラットシューズで臨みました。


 お式は本来なら5本ほどありましたが、2本ほどはキャンセルとなりました。それでも、開催されたお式もありました。途中、余震の中で、賛美歌や「主の祈り」を歌いました。「ほとんど眠れなくて」と、赤い目をしたご新郎様もいらっしゃいました。ご家族の中には、「礼服も何も見つからなくて…」と普段着の方もいらっしゃいましたが、「ご無事でなによりでした」と声をかけると、笑ってくださいました。教会のシャンデリアが揺れる中、指輪交換の場面でオルガンと共に歌った「主の祈り」は、忘れることが出来ません。あの日、ステンドグラスから差し込む光は、彩りに溢れていて、そこだけ時間が止まったようだったことも、忘れることが出来ません。



 それから、十年が過ぎました。



 様々なことがありました。変わったことも多くあります。変わらないことも多くあります。


 あの日からずっと「自分には何が出来るだろう」と、問い掛けながら、動いています。十年経って、その軌跡を振り返ると、厳粛な思いになります。そして、自分に出来ることはちっぽけなことですが、誰かの笑顔に繋がればいいなと願います。



 十年経った3月11日は木曜日です。夫との変わらない日常です。布団をあげて、掃除をして、ラグを敷いて、卓袱台を置いて。朝ごはんは、トースト玉子サンドとチコリコーヒーでした。そして夫は書斎に行って、私は居間の卓袱台で、それぞれの仕事に向かいます。変わらない、いつもどおりの日常です。このいつもどおりが、どれだけ貴重な宝物か、感謝しながら淡々と過ごしています。愛おしい日々です。


 この「いつもどおり」こそを、日常こそを、暮らしこそを、自分にとっての大事なテーマとして、これからも生きていきたいと願います。すべては、そこから生まれてくるのですから。



 感謝と共に。これからも、できることを地道に、ゆっくりと続けていきます。