レパートリーを育てる


 若い頃、マリア・カラスがオペラの表舞台から退いたのは、42歳の時だったと知りました。その時は「ふうん、そうなんだ」と流していましたが、実際に自分が同じ年齢になってみると、驚きを禁じえません。マリア・カラスの42年間と、自分の42年間はまったく違うものだったのだな…と、少し寂しい思いにもなります。でもきっと、育つ速度の違いなのでしょう。


 私がレパートリーを、よりドラマティックな方向に変えたのが、2018年のこと。今から3年前の、39〜40歳の年です。その前から、少しずつ予兆はありましたが、自分がしっくり来る方向に思いきって舵をきったら、精神的にものすごく安定しました。


 けれど、声や楽器が安定するまでには、しばらく時間が必要でした。また、新たなレパートリーを自分自身のものにしていくためにも、時間が必要でした。途中、ドニゼッティの〈イギリス女王三部作〉全作に取り組んだこともあり、フィオリトゥーラの技術を見直し、整える時間も生まれました。


 3年かかってようやく、楽器を自分自身でコントロールしていくことが出来るようになってきました。まだまだ途上ですが、おそらく「ドラマティコ・ダジリタ」というのが、自分の楽器の着地点になるのでしょう。


 個人的にはこれから、ドイツ・オペラのレパートリー育成に主軸を据えた上で、ベッリーニ、ドニゼッティの重厚な作品(《ノルマ》や《海賊》、〈イギリス女王三部作〉など)や、ヴェルディの初期や中期の中でも、重厚な作品も勉強していきたいと願います。ロッシーニはおそらく、自分の性分とはあまり合わない作曲家なのですが、その中でも《セミラーミデ》は一本通して勉強したい作品です。また、スポンティーニの《ヴェスタの巫女》、ケルビーニの《メデア》も、ゆくゆくはレパートリーとしたいです。


 ただし、《ナブッコ》のアビガイッレや、《マクベス》のレディ・マクベスなどは、性分に合わない役なのだろうと感じます。強烈にかっこよくて、とても魅力を感じるのですが、おそらく自分の芯とは外れたところにある役です。自分にはないものに人は憧れるとも言いますが、アビガイッレやレディはそういう役なのでしょう。


 性質としては、プッチーニよりはヴェルディが合っているのだろうとも考えています。《イル・トロヴァトーレ》のレオノーラ、《オテッロ》のデズデーモナなどが、自分自身の楽器には合っているように感じています。


 トゥーランドットやブリュンヒルデ、エレクトラなどが、エネルギーレベル6.5-8の出力だとすると、上に挙げた役はエネルギーレベル3.5-5.5の間で調整可能なものです。自分の楽器を守っていくためにも、こうした役をもっと勉強していこうと思います。


 今年はエレクトラに集中する年と決めたので、楽器の状況を見ながらになりますが、《ノルマ》を中心に調整を進めていこうと思います。


 レパートリーを育てていくのは、自分の人生の器に入れる大きな石を育てていくようなもの。大きな石を入れようと思ったら、小さな石や砂利でいっぱいの器は、そもそもNGです。時間をかけて育てて、自分の人生の器の中央に据えたいですね。





藤野沙優 Official Web Site

まあるく、生きる。 まあるく、暮らす。