微笑みをもって
先月から少しずつ《神々の黄昏》のブリュンヒルデの「自己犠牲」の場面の勉強を再開しています。初めて歌ったのは2015年頃だったでしょうか……。あれから6年も経ってしまったのですね。早いものです。
あまりに長大な「自己犠牲」の場面、はじめは指環を手にしてから火の中にグラーネと共に身を投じるまでの後半部分しか勉強できませんでした。それから前半部分も勉強して、そしてバラバラに眺めていた指環全体も少しずつ勉強するようになって、ようやく全体の輪郭が見えてきた感覚です。
先月から再開した「自己犠牲」の勉強は、これまでとはまったく違った旅路です。以前は「どう歌うか」ばかり考えていましたが、これからは「どう在るか」を考えていかないといけないのだなと、おぼろげながら理解をし始めたところです。
楽譜や言葉が入っているのは、当たり前。そうではなく、自分の心身を媒介に、その言葉を音楽にのせて発するブリュンヒルデは、どういう人物であるか。それを感じ、考え、世界に提示していかなくてはならないのだな、と分かりました。遅まきながら、ようやく出発点に立った気持ちです。
「自己犠牲」は長い独白なのですが、途中で「すべて……すべて……すべてを知ったの」と語るところがあります。呪われた指環、その円環の外にたどりついたブリュンヒルデの精神がもらす言葉ですが、「これをどういう風に言いたい?」と問い掛けられた時に、とっさに口から出た答えは「微笑みをもって」というものでした。
もしかしたら、「微笑みをもって」という答えは、これから私の中のブリュンヒルデ、そしてワーグナー作品の他のヒロインたちに寄り添う時に、基本としていきたい心の姿勢かもしれないなあ……と、帰り道に考えました。以前に歌舞伎役者の「仁」についてのお話を伺ったことがあるのですが、もしかしたらそれと通じるところがあるのかもしれない、とも感じました。
もう一度、台詞を語るところから始めてみようと思います。ワーグナーの言葉と音楽が導いてくれる先に一歩一歩足を進めていくのが楽しみです。
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