夜の女王とカルメンは、違う人が歌うものです。 ── (3)サントゥッツァ


 コラム「夜の女王とカルメンは、違う人が歌うものです。」も、連載3回目を迎えました……とはいえ年をまたいで、もうすぐ桜が咲く季節になってしまいました。うわー!! さぼりすぎでした!! ごめんなさい!! 2021年度は、月イチペースで更新していけたらいいなあ、と思います。


 このコラムは、オペラ歌手ならあるあるの、気軽に「夜の女王を歌ってよ」とか、「カルメン歌ってくださいな」と言われた時の、そうじゃないんだ問題を掘り下げていこうと思って、書き始めたものです。誰もが、夜の女王やカルメンを歌うわけではないし、なにより夜の女王とカルメンは、違う声種の方が歌うものなんです。


 前回は、カルメンについて書きました。その時に、「境界線上にある役」であるというお話もしました。そう、カルメンは、メゾソプラノだけではなく、ソプラノでも中低音のしっかりしたタイプの方は歌われる傾向があります。



 今回は、この「境界線上にある役」を掘り下げたいと思います。選んだ役は、マスカーニ作曲《カヴァレリア・ルスティカーナ》のヒロイン、サントゥッツァです。



《カヴァレリア・ルスティカーナ》=「田舎の騎士道」


「《カヴァレリア・ルスティカーナ》なんて、聞いたことないなあ」という方も少なくないかもしれません。そんな方、ぜひこちらの動画をご覧ください。


 《カヴァレリア・ルスティカーナ》の「間奏曲」です。映画「ゴッドファーザー」でもこの音楽が使われていましたね。


 《カヴァレリア・ルスティカーナ》は "Cavalleria Rusticana" というイタリア語で、邦訳すると「田舎の騎士道」という意味になります。シチリアを舞台にした、男女の四角関係のもつれと、血塗られた清算の話です。物語の終盤、妻を寝取られた馬車屋のアルフィオと、兵役帰りで村に馴染めずにいたトゥリッドゥは、時代がかった作法で決闘に臨みます。単純に考えれば、この彼らの決闘に臨む精神が「田舎の騎士道」に当たります。


 でも、四角関係って、すごいですよね。どうしてこんなにもつれてしまったんだ?と、不思議になると思います。そのもつれを、紐解いてみようと思います。



小さな村の四角関係


 シチリアの小さな村では、トゥリッドゥ君とローラさんという、若いカップルが愛を育んでいました。けれど、トゥリッドゥ君は兵役のため、村を離れなくてはならなくなりました。


 すると、独り身になったローラさんに、村の裕福な馬車屋のアルフィオ旦那が求婚しました。ローラさんは、豊かな暮らしに憧れて、アルフィオ旦那と結婚する道を選びます。


 兵役を終えたトゥリッドゥ君が村に帰ってみると、ローラさんはアルフィオ旦那と所帯を持っていました。ショックを受けるトゥリッドゥ君。


 そこに出会ったのが、村の娘のサントゥッツァちゃん。二人は恋仲になります。


 熱々の二人を見て面白くないのが、人妻になったローラさん。ローラさんは何を思ったか、トゥリッドゥ君にちょっかいを出し、焼けぼっくいに火が付きます。


 トゥリッドゥ君の心変わりを知ったサントゥッツァちゃんは、アルフィオ旦那に二人の仲を告げ口します。怒り心頭のアルフィオ旦那は、トゥリッドゥ君に決闘を申込みます。そして、アルフィオ旦那はナイフでぐさり。トゥリッドゥ君は息絶えます。


 ……というのが、四角関係の顛末です。もうやだ、みんなお願い、平和に生きて……と思いますが、オペラに出てくる人たちって、穏やかな人生送ってないですよねえ(ため息)。


 この中の誰に一番共感しますか?という心理テストもありそうです。私ですか? ごめんなさい、誰にも共感できません……。演じる時には不思議とシンクロするんですが、実生活ではやっぱり共感できません。ごめんなさい。



サントゥッツァに求められる声


 で、ここからはヒロインであるサントゥッツァに求められる声について書いていきます。


 現在ではメゾソプラノのレパートリーとなることの多いサントゥッツァですが、初演時は《椿姫》のヴィオレッタなどを持ち役とするソプラノが歌っていたそうです。そして、役柄の表記もソプラノ。そう、本来はソプラノの音色をイメージして書かれた役だったのです。


 ただ、求められる音楽が、めちゃくちゃ熱い。そして、強い。心理的表現も、めちゃくちゃ激しい。大変な役です。


 そして、サントゥッツァの音域は、ヴィオレッタを主要なレパートリーとするソプラノにとっては、若干低いんです。響きの美味しいところを充分に使えないままに、終幕まで行ってしまうんだろうなあ……と思います。


 そのため、現在ではサントゥッツァは、ソプラノ・リリコ・スピント〜ドラマティコ、もしくはメゾソプラノ・リリコ〜ドラマティコの持ち役となっています。存在感と重厚感のある響きのある、太めの声で歌われることが多いですね。



メゾソプラノとソプラノのサントゥッツァ、何が違うの?


 メゾソプラノのサントゥッツァと、ソプラノのサントゥッツァ。何が違うのか……と、不思議だと思います。


 これは、カルメンの時にも書きましたが、中低音の扱いと、「通過点」の位置が変わってきます。「通過点」とは、高音に至るまでの通過点、「パッサッジョ」とも呼ばれます。メゾソプラノとソプラノでは、これが音程で2度ほど違います。2度がどれくらいかというと、並びあった隣の鍵盤くらいです。


 そして、サントゥッツァの歌うメロディには、この「通過点」周辺の音域が多く使われているのです。そうすると、同じメロディであっても、受け取る印象がかなり変わってきます。


 演出意図にもよりますが、全体としてより人間らしい情感に軸足を据えたいのであればメゾソプラノ、祈りの場面とネガティブな情感の演じ分けを鮮やかにしたいのであればソプラノ……となるのかもしれません。


 境界線上にある役は、そうした楽しみ方が出来るのも、魅力のひとつですね。



復活祭の場面の聴き比べ


 ということで、ここで聴き比べてみましょう。


 復活祭の合唱と共に歌われる、お祈りの場面です。



 まずはソプラノのモンセラ・カバリエ。


 続いて、メゾソプラノのエリーナ・ガランチャ。



 いかがでしょうか? 同じ旋律でも、随分違って聴こえると思います。こうやって、聴き比べて、自分はどんな響きが好きなのだろうか……と探っていくのも、鑑賞の大きな喜びのひとつですね。



次回は《椿姫》ヴィオレッタを取り上げます


 今回は、メゾソプラノとソプラノの違いを取り上げましたが、実は同じソプラノでも大きな違いがあるんですよ……!


 次回はオペラの代名詞的作品、《椿姫》のヒロイン、ヴィオレッタを取り上げます。


 どうぞ、お楽しみに!




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