夜の女王とカルメンは、違う人が歌うものです。──(2)カルメン


 オペラを歌っている人なら、「夜の女王は歌えないの?」「カルメン歌ってよ」など、気軽に言われる言葉に、モヤモヤを抱えておいでだと思います。


 ちなみに私は「トゥーランドット歌います」とお伝えすると、「あのトゥーランドットですね!」とおっしゃっていただく機会が少なくありません。ただ、お話している方が思っている「あのトゥーランドット」とは、たぶん違うんだろうな、と思って切なくもなります。私が歌っているのは、どのトゥーランドットなのでしょう。誰も寝てはならないあのアリアは、違う人が歌うものなのですよ……。


 その役は、私のレパートリーではないのです!とお伝えしても、なかなかわかっていただけないこの問題。もやもやしながらも、どうすればうまく伝えられるのだろうと悩んでばかりです。


 そこで始めた連載コラム「夜の女王とカルメンは、違う人が歌うものです。」、第1回目は「夜の女王」のことについて記しました。



 想像していた以上に大きな反響をいただき、びびってしまって、なかなか続編を記すことが出来ませんでした。意外と小心者なのです。


 でも、このままだとずーっと抱え込んで、塩漬けになっちゃう!!と危機感を抱いたので、思い切ってパソコンに向かっています。締め切りが近づかないと、なかなか手が動かないタイプなのです。そんなわけで、今日はカルメンのお話です。



憧れのジプシー──アズチェーナとカルメン


 私は中学2年生の頃から声楽を始めましたが、当初はメゾソプラノとして勉強をしていました。ソプラノに声種変更したのは、大学4年生の頃。それまでは、自分は中低音担当なのだと信じて生きてきました。


 さて、高校生になって、様々なオペラに触れるようになると、メゾソプラノとしていつか歌ってみたい役が生まれてきました。ひとつは、ヴェルディ作曲の《イル・トロヴァトーレ》というオペラに出てくる、「アズチェーナ」という女性。この女性は、自分の母親を殺された復讐として、敵の息子を火に投げ込もうとするのですが、間違って自分の息子を焼き殺してしまいます。その後、彼女は敵の息子を自分の息子として育てて、長年の敵への復讐を、彼を使って成し遂げようとします。


 高校生の私は、どうしてかアズチェーナに心惹かれ、演じるとしたらどのように実践していくかと、楽譜を見ながらあれこれ考えていました。そして、アズチェーナの「ジプシー」という出自にも魅力を感じて、山の中の生活はどのようなものだろうかと夢想していました。


 「ジプシー」への憧れから派生して、勉強を始めたのが《カルメン》。ビゼー作曲のオペラです。タイトルロールのカルメンは、複数の男性の心を弄んでしまう妖艶なファム・ファタル。かっこええな!!!と、ミーハーな憧れを持ちました。


 でも、自分は色っぽくもなんともないから、きっと無理なんだろうな…と指をくわえて見ているばかりでした。けれど憧れはつのる一方で、「私が思うカルメン」のイラストを描いたり、性格設定を細かく書き連ねるなど、二次元での活動を主に続けていました。二次元活動、昔も今も大好きです。



カルメンって、どんな女性なの?


 さて、カルメンって、どんな女性なのでしょう。実はもともと、タバコ工場で働く女性でした。


①セビリャのタバコ工場で働くカルメンは、伍長のホセと出会う。ホセは幼馴染のミカエラとの結婚を視野に入れていたものの、カルメンとの出会いが大きく彼の運命を変える。


②タバコ工場で騒ぎを起こして、捕えられたカルメン。カルメンは、見張りの伍長ホセを誘惑し、脱走に成功する。


③カルメンと酒場で落ち合うホセ。ホセは、カルメン一味の密輸団に加わることになる。


④舞台は移って、山の中。ホセへの気持ちが徐々に薄らいでいるのを感じつつ、トランプ占いに興じるカルメンは、自身に迫る死の影を悟る。


⑤身を落としたホセに、母の危篤を伝える幼馴染のミカエラ。カルメンの心変わりを察したホセは、カルメンから離れたくないと迫るが、説得され、山を降りる。


⑥舞台は変わり、闘牛場の前。今は闘牛士エスカミーリョの恋人となったカルメンに、全てを失ったホセが、ナイフを手に復縁を迫る。カルメンは自由を求め、ホセから貰った指輪を投げ捨てる。


⑥ホセは、カルメンに深々とナイフを刺す。カルメンの亡骸を抱きしめながら、「俺がやった、俺の愛するカルメン」とホセが嘆く中、幕が降りる。


……というのが、《カルメン》の筋書きです。


 高校生の頃の私は、自分の心にどこまでも正直で、人生の最後まで自由を求めるカルメンに強い憧れを抱いていました。今のレパートリー形成にも、少なからず影響を受けているのかもしれません。メゾソプラノからソプラノに変わりましたが、真ん中のところは変わらないのかもしれません。



メゾソプラノって、どんな声?──中低音の深みある、豊潤な響き


 では、ここまで話にあがっている「メゾソプラノ」って、どんな声なのでしょうか。


 まずは、今回のお題でもある「カルメン」の歌う有名なアリア、「恋は野の鳥(ハバネラ)」をお聴きください。


 歌っているのはエリーナ・ガランチャ。ラトヴィア出身のメゾソプラノです。お聴きになっていただくと分かりますが、深みのある豊潤な響きでアリア全編を歌い上げています。


 先日の「夜の女王」編では、ソプラノの声の種類について記しましたが、メゾソプラノにも細かな違いがあります。


 声が軽い方から重い方にいくにつれて、


①メゾソプラノ・コロラトゥーラ

②メゾソプラノ・リリコ

③メゾソプラノ・ドラマティコ


……となります。カルメンは、リリコ〜ドラマティコの方が持ち役とされているようです。



メゾソプラノとソプラノの違いは?──中低音の扱いと、「通過点」の位置の違い


 ここで、同じ曲を違う人が歌っている音源と比べてみましょう。



 歌っているのは、マリア・カラス。おそらく、名前は聞いたことある……という方も少なくないでしょう。20世紀のオペラ界を代表する名歌手のひとり、ギリシャ出身のソプラノです。


 実は、カルメンは多くのソプラノ歌手も歌っています。主にしっかりとした中低音をお持ちのソプラノの方が歌われる傾向が強いようです。他にも、こうしたソプラノ〜メゾソプラノの境界線上にある役というのは、少なくありません。声にその役としての適性が大いにある歌い手の方々は、こうした境界線上にある役も得意とされています。


 さて、ガランチャとカラスを聴き比べてみると、声の印象が随分違うと思います。そう、メゾソプラノとソプラノでは、中低音の扱い方が違うのです。この中低音の扱い方がどうして違うのかというと、メゾソプラノとソプラノでは声の「通過点」の位置が違うことが、大きな要因として挙げられます。


 「通過点」とは、何の通過点かというと、主に高音に至るまでの通過点です。「パッサッジョ」とも言いますが、この「通過点」の位置を平均すると、メゾソプラノとソプラノでは2度ほど違うとされています。そして、この位置が違うと高音域へのアプローチも変わってきます。高音域へのアプローチが変わると、結果として響きも変わってきます。


 メゾソプラノか、ソプラノかというのは、生まれ持った楽器の違いによって変わってきます。ただし、過去の私もそうですが、境界線上にいる人も少なくないですね。


 ちなみに私はソプラノに変わってからの方が、中低音が楽に出るようになってきました。自分の楽器に合った無理のないアプローチを重ねていくと、きちんと自分の音色を奏でていくことが出来るという一例だと考えています。


 もし、お若い方で声種で悩んでおいでの場合には、「目指したい声」や「やりたい役」はいっぺん棚に上げて、自分自身の楽器の正しい使い方に向き合ってみると、自然と答えに導かれると思います。時間はかかるかもしれませんが、自分の楽器の中に、すべての答えが内包されているので、プロセスを信じて取り組んでみてください。



次回は、サントゥッツァについて書きます


 今回、「境界線上にいる人」について触れて、このテーマについてより掘り下げたくなりました。


 そこで次回は、当初はソプラノの役として書かれたものの、現在はメゾソプラノの主要なレパートリーとなっている、マスカーニ作曲《カヴァレリア・ルスティカーナ》のヒロイン、サントゥッツァについて記していこうと思います。


 どうぞ、お楽しみに!!



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